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広島高等裁判所 昭和32年(ネ)4号 判決

控訴人 原告 野村実

訴訟代理人 民繁福寿

被控訴人 被告 岡崎正己

訴訟代理人 広沢道彦

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、宇部市大字沖宇部字下見染沖第五六〇番の二三五、宅地一七坪一合につき買戻売買による所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一、二、三項と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の主張証拠の提出及び之が認否は控訴代理人において、原判決事実摘示中三枚目表二行目以下被告は之を受取ると同時に原告に対し、所有権移転登記を為す義務があるものである。而してとある部分を撤回し、更に控訴人が二、〇〇〇円を被控訴人に提供したのは、控訴人において本件土地についての売買契約に要した諸費用を支出したことが立証できないので買主たる訴外矢野斉がその費用を支出しているとしても最高二、〇〇〇円を出でないから、之を右矢野が支払つたものとして、弁済供託したのであると釈明し、被控訴代理人において、控訴人と訴外矢野との間の本件土地及びその地上家屋についての売買契約は何等附帯約款のない通常のものである。従つて控訴人の釈明にかかる点は之を否認する。と述べ、証拠として控訴代理人において甲第九号証の一乃至四、第一〇、一一、一二号証を提出、当裁判所より山口地方法務局宇部支局に対する調査嘱託の結果を援用し、なお乙第一号証の二、三(売渡証書及び委任状)を控訴人が被控訴人に差入れておるけれどもこれは金融業者が金を貸す場合借用証書の外に担保物件についての売渡証、登記委任状を借主より併せて取ることによつたものであつて控訴人が被控訴人に対し本件土地を売渡した趣旨のものではないと証拠抗弁し被控訴代理人において甲第九号証の一乃至四、第一〇、一二各号証の成立を認め、当裁判所が職権により控訴本人を尋問したほかは原判決に摘示するところと同一であるからすべてここに引用する。

理由

宇部市大字沖宇部字下見染沖第五六〇番の二三五宅地一七坪一合(本件二地)及びその地上の建物(以下本件建物と謂う)が元控訴人の所有であつて控訴人が昭和二四年一〇月二〇日頃被控訴人より金八〇、〇〇〇円を借受けるにあたり、右土地建物につき抵当権を設定し之が登記したこと。その後控訴人より本件土地建物を訴外矢野斉に売渡したとして右売買に一〇年間の買戻の特約が登記されていることは当事者間に争がない。

被控訴人は右控訴人より訴外矢野に対する売買契約に買戻の特約があつたことを否認するので先づこの売買についての経緯について考えて見るに成立に争のない乙第二号証に原審証人久芳豊の証言、原審並に当審における控訴本人の供述に弁論の全趣旨を綜合すると、控訴人は前記の如く被控訴人より本件土地建物を担保として金八〇、〇〇〇円を借受けはしたものの、其の約定利率は一ケ月につき一割の高利であり、しかも右借入れに際し三ケ月分の利息二四、〇〇〇円を天引され、その手取は僅か五六、〇〇〇円に過ぎなかつたため、昭和二四年一二月頃、予て懇意の間柄であつた訴外矢野斉に対しその苦衷を訴へ打解策を求めたところ、同訴外人は、自分が控訴人に代つて右債務を弁済し、被控訴人より本件土地建物に対する抵当権の登記の抹消を受けてやるから、本件土地建物を自分(矢野)に対し右債務金額及び之に対する昭和二四年一二月分迄の約定利息(一ケ月につき一割)に相当する代金(代金の支払は右代位弁済を以て充てる)を以て一〇年間の買戻の特約を附して売渡し後日買戻をして之を控訴人の手に確保するに若かずと献策したので、控訴人は右矢野の言を信じその申出を容れ、よつて同人に対し本件土地建物を右の如き代金及び買戻の特約を以て売渡し、同年一一月一四日その旨の登記を経由したことを認め得られ他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして成立に争のない甲第一乃至第六号証、乙第二、三号証に原審証人岡崎高一の証言、原審並に当審における控訴本人の各供述を綜合すると、訴外矢野斉は右の如き約定の下に控訴人より本件土地及建物を買受けたにかかわらず、その約旨に背き、被控訴人に対し前記控訴人の債務の代位弁済を為さなかつたので、その後債権者たる被控訴人は右土地建物につき山口地方裁判所船木支部に対し任意競売の申立を為したところ、控訴人及び矢野斉より宇部簡易裁判所に対し債務金弁済猶予の調停申立を為し、右任意競売手続の停止を得たが、控訴人及び右矢野斉は右調停が折角成立したのにかかわらず、その履行をしなかつた為、被控訴人は前記任意競売手続の続行を申立てその結果昭和二五年一〇月二七日本件土地及び建物のうち建物を被控訴人が代金一二七、〇〇〇円を以て競落し、競売手続に要した諸費用を控除し、更に債権の元利金九六、六六四円を競落代金と相殺した結果剰余金三〇、三三五円五〇銭を生じ、之はその所有者たるを矢野斉に返還され、被控訴人は右建物につき同年一二月四日付を以て所有権移転登記を経由したが被控訴人は右建物の競売のみを以て債権の元利金の弁済を受け得た結果、もはや本件土地については競売手続を行う必要がなくなつたので之を取りやめたけれども本件土地は被控訴人が競落した建物の敷地である関係上、同人においてこれを所有する必要を感じ其の所有者たる訴外矢野斉に対し之が売渡方を申入れ、その結果同年一一月一日同人より被控訴人に対し代金七〇、〇〇〇円を以て売渡し代金の授受を了した後昭和二五年一二月一三日その旨の登記を経由した事実をそれぞれ認定し得べく該認定を左右するに足る証拠はない。

そうだとすれば本件土地については被控訴人がその所有権を取得する以前において既に其の前主たる訴外矢野斉が控訴人より買受け所有権を取得した際、その売買契約について一〇年間の買戻の特約が附されており、且その旨の登記が為されたことは前段説示のとおりであつて、右買戻の特約は爾後の本件土地についての所有権取得者たる被控訴人に対しても対抗し得べきものであるから買戻権者たる控訴人は右買戻期間中に限り被控訴人に対し、右土地の訴外矢野に対する売買代金及び之に要した費用を支払つて買戻をすることができる筋合と言うべきところ、控訴人と右矢野との間の本件土地及び家屋の売買代金が前記の如く八万円余であり、之が支払は矢野が被控訴人に対する控訴人の債務を代位弁済をすることによつて為すことになつていたこと。同訴外人は右被控訴人に対する代位弁済をしなかつたことは前段認定の如くであつて同訴外人が他に右代金を控訴人に直接支払つたことの証拠のない本件にあつては、訴外矢野は控訴人に対し本件土地建物の買受代金を現在に至るまで支払つていないものと言うの外なく、しかして成立に争のない甲第九号証の一乃至四及び当審における控訴人の供述を綜合すると右売買に要した費用は訴外矢野において支払つたが、その金額は登録税八五〇円を含めても最高二、〇〇〇円を上らざることが推認せられるから、控訴人は被控訴人に対し民法第五七九条第五八一条により売買契約の費用金二、〇〇〇円(買主たる訴外矢野の支払つた代金は前記の如く皆無)を支払つて買戻権を行使し得るものと謂うべきところ、成立に争のない甲第一〇、一一号証によると控訴人は右買戻期間中たる昭和三〇年三月二四日被控訴人宅に前記売買契約の費用二、〇〇〇円を持参し同人に之を提供して買戻権行使の意思表示をしたが被控訴人は之が受領に応じなかつたので控訴人はやむなく同月二八日山口地方法務局宇部支局に対し右二、〇〇〇円の弁済供託をし被控訴人にその旨の通知をしたことが認められるから控訴人と訴外矢野の地位を承継した被控訴人との本件土地についての買戻特約付売買契約は遅くとも昭和三〇年三月二八日を以て買戻権の行使により解除されたものと謂うべく、成立に争のない甲第一二号証及び当裁判所の山口地方法務局宇部支局に対する調査嘱託の結果によれば被控訴人は右宇部支局に対し右供託書を供託すべき理由がないとして返還していることが窺われるけれどもこのことは右弁済供託の効力に何等の影響を及ぼすものではないから、被控訴人は控訴人に対し本件土地について買戻売買を原因として所有権移転登記を為す義務あること明かと言うべきであるから控訴人の本訴請求は之を正当として認容すべく、之と結論を異にする原判決は不当であるから之を取消し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴原八一 裁判官 林歓一 裁判官 牛尾守三)

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